【ミライデザイン研究所】 浮世絵という素材で見せる スピリット・オブ・ジャパン -後編-

インサイドジール 日本語記事

クリエーティブ局 デザイナーのOです。 【ミライデザイン研究所】とはーーー 空間デザインの領域から一歩外に飛び出し、 考え方やデザインの成り立ちについて考察、予想しアイデアにプラスしていく、そんな企画です。 前編に引き続き、現在角川武蔵野ミュージアムで開催中の「浮世絵劇場 from Paris.」についてお届けします。 江戸時代初期に庶民の間にも浸透した「浮世=現世」を表す絵画、浮世絵は 今で例えるとSNSなどの、誰もが楽しめる身近なメディアだったようです。 時代を超え、ヨーロッパに渡ったあとも、ゴッホやモネなどの著名な画家たちに大きな影響を与えたと言われています。 今回の展示では浮世絵劇場というタイトルの通り、展示室は大きな劇場と化しており、 360°を浮世絵を再構築した映像が映し出されていました。 この企画を体験して感じた下記2点、 ①浮世絵を再構成して見せることの意味 ②没入感の高い体験を生んでいる空間の工夫の考察 のうち、後編では②についてお送りします。 ②没入感の高い体験を生んでいる空間の工夫の考察 先述したような没入感の高さを生んでいる要因はもちろん映像だけでなく、空間の役割も大きいように感じました。 この企画の会場構成は以下のようになっています。 360度シアターは第一部、それを鑑賞した後に第二部ではダニーローズ・スタジオがインスピレーションを受けた作品の紹介や、 現代作家たちが描く新たな浮世絵などの展示となります。 ◆前室 この企画の概要を解説したり、注意事項の説明を受けるための部屋です。 それと共に第一部での360度シアターへの期待感を高めるための仕組みでもあります。 ほかの一般的な展覧会などでは、入場するとすぐ展示品が目に入ってくるようなところ多くあるかと思います。 しかしこの企画ではあえて前室と第一部のシアターエリアまでに長い廊下を設置する事で、 このあと目に飛び込んでくるインスタレーションのインパクトをより大きなものにしているのです。 ◆第一部_360度シアター メインの展示であるインスタレーションのエリアとなります。 長い廊下を抜けた先に、巨大な空間が目に飛び込んでくる際のインパクトはかなり大きいものでした。 鑑賞者はこの広い空間を自由に移動しながら楽しむことが可能です。 映像が投影される壁面に近づいても良し、中央の柱の間に設置されたベンチで広い範囲をゆったりと眺めながら鑑賞することも良し。 決まった体験の仕方は存在しないのです。 そうした自由な鑑賞方法をとりつつも、ほかの鑑賞者の邪魔をしないテクノロジーや空間の工夫に幾つか気付きました。 一つはベンチや柱の仕様です。 柱の側面位置や人の座るベンチなど、どうしてもプロジェクションマッピングによる映像を投影することが難しい箇所が存在します。 今回の展示ではそのような箇所にミラー素材を貼ることによって、 実際には映像が投影されていない場所にも空間の奥行きが感じられるように、設計されていたのだと思います。 もう一つがプロジェクターの設置台数、そして位置です。 自由に位置を移動して鑑賞するという事は、移動する位置によっては投影する映像を遮り、影になってしまう可能性があるという事です。 それを解消するために、今回の展示では緻密な計算の基にプロジェクターの位置が決定されたのではないかと思います。 実際に壁の近くに立ってみると、確かに床の映像は影になっていますが、 壁の映像は人が立っていても影になってしまうことはありません。 もちろん場所によってはそうではない箇所もありますが、かなり細かく投影する角度を検証しながら決定していったからこそ、 座って鑑賞する人たちのことも邪魔することなく、移動しながら鑑賞できる、没入感を実現できたのではないでしょうか。 ◆第二部 最後に、この展示に関連する浮世絵などの情報が知れる展示エリアとなります。 以前ご紹介した「北斎づくし」の映像作品では、 「事前に実物を鑑賞したからこそ、映像を見た時の理解度が上がる」という事をお話しましたが、 こちらのやっていることは真逆です。 北斎づくしの映像作品は「理解を深めたうえで、更に鑑賞者を引き込ませるためのツール」という立ち位置だったのに対し、 今回の展示の趣旨は「まずは小難しいことは考えずに、 ファーストインパクトで浮世絵のすばらしさを知ってほしい」だったのだと思います。 元々浮世絵というものに興味のない人でも、親しんでもらおうとする姿勢が、このような展示のゾーニングに繋がっています。 実際に会場に足を運んだ際も、映像を見終わった後に詳しい情報を入れることで、一歩先の理解につながるような感覚がありました。 目的やターゲット、企画の趣旨によってゾーニングを変えていく事で、 体験の質そのものが変化していくことの良い例なのではないでしょうか。 ◆まとめ 今回は映像を使ったインスタレーション作品の企画展について、分析や所感を述べさせていただきました。 ただ作品を展示をするだけではなく、より没入感の高い経験を鑑賞者にしてもらうことによって、 記憶に残すような手法を用いることが増えていますが、 それもただ映像を使うだけだったり、体験を入れ込むだけでは質の高い体験や没入感は生まれません。 鑑賞者の動きや展示の趣旨、伝えたいことを軸に置いたうえで、それに沿った空間設計、コンテンツ作成をする必要性があると思います。 それこそが「Experience Design」であるのではないでしょうか。 ご紹介した展示は、5月8日まで会期を延長して、角川武蔵野ミュージアムで開催されております。 今回の記事ではご紹介できなかった映像作品の他の幕や、第二部の展示内容もありますので、ぜひ実際に体験してみてください。 ■参考 ・公式サイト:https://kadcul.com/event/50 ・美術手帳 オンラインマガジン:https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/24767

【ミライデザイン研究所】 浮世絵という素材で見せる スピリット・オブ・ジャパン -前編-

インサイドジール 日本語記事

クリエーティブ局 デザイナーのOです。 【ミライデザイン研究所】とはーーー 空間デザインの領域から一歩外に飛び出し、 考え方やデザインの成り立ちについて考察、予想しアイデアにプラスしていく、そんな企画です。 今回のトピックは、現在角川武蔵野ミュージアムで開催中の「浮世絵劇場 from Paris.」についてです。 浮世絵は江戸時代初期に確立された絵画ジャンルです。 低価格で販売されたことから庶民の間でもかなり浸透し「浮世=現世」を表す絵画と言われました。 今で例えるとSNSなどの、誰もが楽しめる身近なメディアだったようです。 時代を超え、ヨーロッパに渡ったあとも、ゴッホやモネなどの著名な画家たちに大きな影響を与えたと言われています。 今回の展示ではそんな浮世絵をテーマとしていますが、有名な浮世絵の実物が展示されているわけではありません。 浮世絵劇場というタイトルの通り、展示室は大きな劇場と化しており、360°を浮世絵を再構築した映像が映し出されます。 この企画はフランスで活躍するクリエーティブチーム「ダニーローズ・スタジオ」が フランス国内で行った企画「Images of the Floating World」をもとに、パワーアップさせて浮世絵の国日本へ凱旋しています。 今回はこの企画を体験して感じた下記の2点について考察してみたいと思います。 ①浮世絵を再構成して見せることの意味 ②没入感の高い体験を生んでいる空間の工夫の考察 ①浮世絵を再構成して見せることの意味 前述したようにこちらの企画は浮世絵をテーマにしてはいますが、 実際の有名とされる日本の古くからある浮世絵の展示はしておりません。 来場者が空間に入っていくと広がっているのは360°全て映像が投影される、インスタレーション空間です。 全12幕のシーンに分かれ、多くの人に親しまれてきた浮世絵の数々を再構成した、映像作品が大きな空間に映し出されます。 浮世絵劇場というタイトルだったため、私も足を運び鑑賞する前には 「一幕ごとに同作者や同じ作品群のものをまとめているのではないか」と思っていたのですが、実はそうではありません。 第一幕を鑑賞した際に、「再構成した」という言葉の意味を知ることになります。 ◆一幕「風景」 オープニングに流れるのは、葛飾北斎や歌川広重などの風景画をメインとした映像です。 富嶽三十六景、諸国滝巡り、東海道五十三次などの膨大な数の作品たちが、屏風が開いていくように現れては消えてゆきます。 有名浮世絵を単にスライドショーで見せるだけにはとどまらず、屏風というモチーフと組み合わせることで、 鑑賞者に空間を感じさせ、一気にこの空間の中に引き込ませる工夫だと感じました。 また、足元に広がるのは北斎がよく水の表現をする際に用いていた、揺らめきの文様です。 壁面に広がる屏風の背景にもこちらを用いており、空間をより広げ、鑑賞者の没入感を深める役割を果たしていたように思います。 そして何より、この絵を一枚の絵として見せたのではなく、「背景や足元に投影することによって、 没入感を増すための素材として使った」ことに、今回の展示の意義が詰まっているように感じました。 浮世絵の魅力を見せる。 そのためには浮世絵そのものを見せるのではなく、浮世絵の素晴らしい部分を抜粋して、映像として再構成する。 ダニーローズ・スタジオが「スピリット・オブ・ジャパン」を表現する際に最も意識した点がこれなのではないでしょうか。 ◆第三幕「日本の妖怪たち」 浮世絵を「素材」として用いて新たな浮世絵の魅力を伝える、というのが最も強く表現されていたと感じるのがこの第三幕です。 舞台は一変して、薄暗い森へ。木々が生い茂る森の中でよく目を凝らしてみれば、木の陰から妖怪たちが飛び出してきます。 もちろんこれも、元々一つの作品ではありません。 それぞれの作品がある中で、愛らしい妖怪のキャラクターを抜粋し、映像素材として用いたものです。 基の作品の状態とは全く異なる「場」で鑑賞することによって、彼らの新たな表情や魅力を発見することが出来ます。   また、この360度シアターという場を生かしていると感じたのは、 「鑑賞する場所によって遭遇できるキャラクターが異なる」という点かと思います。 同じところに立ち止まっていたのでは、遭遇できる妖怪の数は限られます。 森の中を歩くように、観賞場所を移動していく事によって、多くの気付きや新たな出会いを得ることが出来るのです。 その他のシーンも魅力的で、どれも浮世絵のすばらしさを再認識できるものとなっていたので、 気になる方はぜひ足を運んでみて、実際の映像を楽しんでいただければと思います。 (後編に続きます) なお、ご紹介した展示は、2022年5月8日まで会期を延長して、角川武蔵野ミュージアムで開催されております。 今回の記事ではご紹介できなかった映像作品の他の幕や、第二部の展示内容もありますので、ぜひ実際に体験してみてください。 ■参考 ・公式サイト:https://kadcul.com/event/50 ・美術手帳 オンラインマガジン:https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/24767