インサイドジール

【ミライデザイン研究所】「画狂」葛飾北斎に触れる

2021.10.07

クリエーティブ本部 デザイナーのOです。

【ミライデザイン研究所】とはーーー
空間デザインの領域から一歩外に飛び出し、
考え方やデザインの成り立ちについて考察、予想しアイデアにプラスしていく、そんな企画です。

今回は葛飾北斎生誕260年記念として行われた「北斎づくし」という展示会についてお送りします。
葛飾北斎という人物は、日本においてその名を知らない人はいないと言っても過言では無い程、有名な絵師の一人です。
20歳で浮世絵師としてデビューしてから没年の90歳に至るまで、森羅万象を描き抜こうとし、その姿は「画狂」とも表されてきました。
この展示会は、そんな北斎の「画狂」たる一面が見えるものでした。

北斎が神羅万象様々なものを描こうとした「北斎漫画」。
言わずとしれた北斎の代表作、「富嶽三十六景」。
物語に躍動感のある挿絵を付け、劇画のような勢いのある「読本」。
富嶽三十六景のみでは飽き足らず、まさしく富士山という生涯のテーマに向かった「富嶽百景」。
この四つの作品群全てを、大スクリーンで動きと共に体験できる「デジタルづくし」。

上記5つの部屋から構成されていました。
いずれも北斎の絵の素晴らしさ、躍動感のある描写力は当然ながら感じることが出来るものだったのですが、
今回の展示で改めて感じたのは、「展示品の魅力を観覧者に伝えるためには、
その環境、つまり空間づくりが担う部分が大きい」という事です。

今回は展示されていたカテゴリーの中から「北斎漫画づくし」「読本づくし」「デジタルづくし」の3つに焦点を当て、
それぞれの作品の魅力と共に、それを演出した空間について感じたことをまとめたいと思います。

北斎漫画づくし
この展覧会に訪れた人がはじめに目にするのが、この「北斎漫画づくし」の部屋です。

北斎は割と頻繁に画号を変える事でも有名ですが、その中のひとつに「画狂老人卍」というものがあります。
私はこの空間に足を踏み入れた瞬間に、北斎という人の、絵に対する狂気を感じました。
ショーケースで15編に及ぶ北斎漫画の全てを展示すると同時に、それらが大判に印刷され、空間全域に渡って撒き散らされています。
北斎は生涯引っ越しの回数が多かったとされていますが、
その理由が「絵を描くことだけに注力したかったから。」だったと言われています。
絵を描きまくって、それらによって部屋が埋め尽くされ、汚くなったら引っ越しをする。そんなことを繰り返していたそうです。
この空間はまさしくそんな様子を再現したかのように、壁面から床、更には展示物を彩る展示台まで、
すべてが北斎の絵で埋め尽くされており、北斎の「絵に狂った」様子が伝わってくるものでした。

そんな空気感を「雑多」ではなく「洗練」されたように感じさせるための工夫が、
 1.天井高
 2.照明
の2点だったように思います。

この展示室は一般的な美術展示の空間よりもはるかに高い印象がありましたが、
これによって、要素が多いにも関わらず閉塞感を感じることもなく、
「北斎の絵自体が持つパワー」を純粋に伝えられるようになっていたのではないでしょうか。
また、空間全体は天井からの照明で、拡散された光で照らされていました。
美術館特有のスポットを使わない、ある種北斎にとっての日常に近い状態だったのかもしれません。
北斎の仕事場に足を踏み入れてしまったとも感じられる演出の一つだったのではないかと思います。

その空間に展示されている北斎漫画という作品も、まさしく北斎の画狂の側面を引き出す作品のひとつです。
人の動きをアニメーションのように描いたものもあれば、植物や動物、自然、建築、果てには妖怪まで、
森羅万象のものをすべて絵に残そうとしていたことが窺えます。
その中身もかなり実験的なものが多いのです。文庫本程度の小さな範囲の中で表現をしているため、
モチーフによって構図や表現内容を大きく変えています。
人の生活や動きを捉える際には現代の漫画やアニメーションに通ずる様なシーンごとの描写をしているかと思えば、
建築や空間、風景を描く際にはそのスケールの大きさを表現するために、
あえてすべてを画面の中に収めず、はみ出したような構図を用いる。
葛飾北斎という人は、何を描くか、何を伝えるかを適切に判断し、出力の仕方を変えていました。
その姿勢は、デザインを行う人間としても学びたい点です。

読本づくし
読本とは、江戸時代に流行した伝奇風の小説集のことです。
北斎はこれらの小説に挿絵を付けていました。
富嶽三十六景などであれだけ繊細な絵を描いていた人が、こんなに勢いがあってダイナミックな表現もできるのかと、度肝を抜かれます。

その作品は劇画調とも例えられるくらい勢いのある線で表現されていますが、
それでいて北斎の持つ繊細で丁寧な表現は全く失われていません。
さらに物語を見せるために、時間の流れや空間までもを表現しようとしているところがいくつも見受けられ、
これが「漫画」や「アニメーション」と評される要因の一つであるように思います。

また、この作品たちを展示する空間も「北斎漫画づくし」の部屋と同様に、
作品を展示台のみには留めず、空間を彩るものとして使用されています。
然し、作品の違いが部屋の印象を大きく変えているのです。
作品の持つダイナミックさが、大きく展示することによってさらに引き出されているように思いました。

展示什器においても、床や壁面とのパターンと合わせて、読本の絵柄が使用されています。
一つの大きな絵の中に空間を溶け込ませることで、なんだか物語の中の世界に入ってしまったかのような、
そんな気分にもさせられる空間となっています。
展示室自体は「北斎漫画づくし」の部屋よりもはるかに小さく、また照明もメリハリがあり、真逆の選択がされていました。
だからこそ、作品のダイナミックさや物語への没入感が増しているのではないでしょうか。

デジタルづくし
これまでに紹介した二つの作品群からもわかるように、北斎の作品は「動き」というものに注目した作品が少なくありません。
かの有名な「富嶽三十六景、神奈川沖浪裏」も、しぶきをあげる大波の一瞬を切り取った作品です。
「今にも動き出しそうな」という表現をされることもしばしば。

このデジタルづくしの部屋では、精密デジタル画像が巨大な和紙のスクリーンを用いた展示が行われています。
動きに注目した作品を作り続けていた北斎が、もし現代に生きていたら、
もしかしたら「アニメーション」を制作していたかもしれない。
そんな想像を形にしているのがこの展示でした。

北斎漫画でコミカルな踊りを披露していた人物たちが、実際のアニメーションになって動いたり、
北斎の描いた波が、実際にしぶきをあげて動く。
彼が現代に生きていたら、確実にすごいものを作り上げただろうという想像を膨らませる展示となっていました。

この体験をするにあたって重要なのは、
”前室ですでに北斎漫画や富嶽三十六景などの、彼の代表する作品の実物が鑑賞できている”ことだと思います。
実物が持つパワーは偉大です。実物を見たからこそ、この一本の線の凄さや、摺のインクの美しさ、発色の良さがわかるのです。
それを見た後だからこそ、広がってくる想像を具現化したのがこのデジタル映像なのだと思います。

また、それを写すのが和紙のスクリーンだったからこそ、
現存する作品たちの持つ雰囲気を損なわずに、アニメーションとして楽しめる仕様となっていたように思いました。

まとめ
今回は北斎づくしという展覧会について感じたことを語らせていただきました。
私は元々葛飾北斎という絵師の大ファンで、今回の展示作品も一度見たことのある作品も多かったのですが、
だからこそ、展示する手法や環境、演出で、作品に対する感じ方大きく変わるのだということを改めて感じています。
このような時世だからこそ、「何を、どのような環境で見るか」を感じながら過ごすと、新たな発見があるように思います。

この素晴らしい特別展の様子を3次元撮影したバーチャル会場が、なんと無料で公開されています。
10月10日(日)までと残り少ない期間ですが、この機会に是非皆さんにも見ていただきたいです。
□特別展「北斎づくし」 特設バーチャル会場 https://360camera.space/virtualhokusai2021

■参考
・「北斎づくし」公式website:https://hokusai2021.jp/
・ 『AERA MOOK「北斎づくし」完全ガイド – 生誕260年記念企画特別展』, 朝日新聞出版, 2021